LOHAS studio
平山 伸太郎@OKUTA
2019/11/28
こんにちは!平山です。
先日「慈恩寺 玄奘塔(じおんじ げんじょうとう)」へ行ってきました!
とは言っても、自宅から車で5分程度の距離にあるお寺です。
この玄奘塔は物語の「西遊記」で有名な玄奘三蔵法師の遺骨が納められている
霊骨石塔です。
実は、この存在を知ったのはつい最近の事。
子供の頃大好きだった「西遊記」のあの「三蔵法師」の遺骨が
まさか自宅からほど近い「慈恩寺」に納められているとは!!
早速、車で慈恩寺に行きました。
車を慈恩寺に停めると、お寺の敷地から道を挟んで反対側に
「玄奘塔参道入口」が。
名高い三蔵法師様の遺骨です。やはり特別な場所へ祀るんですね。
早速、参道を歩き始めました。
ん?参道っていうよりは工事現場の仮設道路みたいな・・
さすがにここに来た時は、本当にここで合っているのか不安になり、
来た道を戻ろうかなと思ったほど・・
一瞬、悩みましたがとりあえず進んでみました。
ようやく塔が見えてきました。
ようやく辿り着いたら、車道があり車を停めるスペースも・・
次回はここまで車で来よっ!
三蔵法師の遺骨は、宋の時代に長安(現西安)から南京にもたらされた後、太平天国の乱で、
一時、行方不明になったそうですが、第二次大戦中に南京を占領していた日本軍が、
偶然にも昭和17年に土木作業中に法師の頭骨を納めた石箱を発見したそうです。
頭骨は、当時の南京政府に還付され、昭和19年に南京玄武山に玄奘塔を建立し奉安されるとともに、
日本へも分骨されたとの事。 日本へ渡った頭骨は、当初、芝増上寺に安置されましたが、東京は空襲の被害が
広がった為、一時埼玉県蕨市の三学院に移され、さらに三蔵法師の建立した大慈恩寺にちなんで命名された
慈恩寺に疎開しました。 第二次大戦後は日本の仏教界が正式な奉安の地を検討した際に、
三蔵法師と縁の深い慈恩寺が奉安に最適の地とされ、昭和25年に玄奘塔が築かれたそうです。
その後、慈恩寺から台湾の玄奘寺や奈良の薬師寺へも分骨されているそうです。
629年に中国から陸路で天竺(インド)に向かい、巡礼や仏教の研究を行い、
645年に経典や仏像をも持って帰還した玄奘三蔵。
紀行図を見て下さい。この距離を歩いて渡るんですよ。途方もない旅ですよね。
この時代ではきっと道も整備されているわけが無いですから、
相当険しい道だったと思います。
それに比べれば、ここの参道なんて大した事なかったんですね。
しっかりお参りして、また元の道を歩いて帰りました!!
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